【すずめの戸締まり/歌詞】本編とリンク?挿入歌の意味は?

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すずめの戸締まりの予告編映像が公開されて話題ですね!!

その予告編映像ではすずめの戸締まりの挿入歌が一部流れていますね。

この挿入歌の歌詞がすずめの戸締まり本編とどのように関係しているのか、歌詞の意味を徹底考察していきたいと思います。

すずめの戸締まりの挿入歌の意味を徹底考察!!

では、すずめの戸締まりの挿入歌の歌詞を徹底考察していきたいと思います。

君の中にある 赤と青き線
それらが結ばれるのは 心の臓

風の中でも負けないような声で
届ける言葉を今は育ててる

「すずめ」十明歌詞を抜粋

「君の中にある 赤と青き線 それらが結ばれるのは 心の臓(ぞう)」では「赤と青き線」というのは赤が情熱や本能で青が人間が持っている理性と言うことだと考えられます。

そしてそれらが複雑に絡み合って人間の心はできていると考えられます。

「風の中でも 負けないような声で 届ける言葉を 今は育ててる」では

このすずめの戸締まり本編では、主人公が扉を開けてしまう事によって多くの災難が巻き起こります。

そんな災難にも負けないように自分の意志を強く持つという主人公の揺るぎない信念を感じさせます。

時はまくらぎ 風はにきはだ 星はうぶすな 人はかげろう

「すずめ」十明歌詞を抜粋

まず「まくらぎ」と「にきはだ」について解説していきます。

まくらぎとはこんな意味です↓

枕木(まくらぎ)とは、鉄道線路軌道)の構成部材。通常の線路においてはレールを二本平行に敷設し、その下に枕木を敷いてレールを支える。枕木の間にはバラスト軌道の場合は石を敷き詰め、保線要員はこの石を突いて、つまり具合を調整する。

枕木 – Wikipediaより引用

これだとイメージがつかみにくい人がいると思うので写真を見てみるとわかりやすいと思います。

写真で見るとこんな感じ

電車の下に敷いている木のことを「まくらぎ」といいます。

いろんな作品で電車というのは時空を駆け抜けるツールとして表現されることが多いですよね。

そんな電車に敷かれているレールを支えている「まくらぎ」がその時間の一刻を表しているということを言いたかったのではないかと考えられます。

そして「にきはだ」というのは

柔らかな肌。やわはだ。にこはだ

和肌/柔膚(にきはだ)の意味 – goo国語辞書より引用

「にきはだ」というのは「柔らかい肌」を表していることがわかります。

ここから考えると風というのは柔らかい肌のように優しいということになります。

「星は うぶすな 人は かげろう」では「うぶすな」、「かげろう」の意味を見ていきましょう。

「うぶすな」というのはこんな意味↓

産土/生土/産神

人の生まれた土地。

産土/生土/産神(うぶすな)の意味 – goo国語辞書より引用

産土(うぶすな)と読むということですね。

その意味から推測するに私たち(生きとし生けるもの)は星から生まれくるということですね。

「かげろう」というのはこういう意味です。

カゲロウ蜉蝣)とは、節足動物門昆虫綱カゲロウ目蜉蝣目学名Ephemeroptera)に属する昆虫の総称。

成虫は軟弱で長い尾をもち、寿命が短い。

カゲロウ – Wikipediaより引用

写真にするとこんな生き物です

このかげろうという生き物は成虫の寿命はわずか一日と言われています。

そこから考えて「人はかげろう」というのは「かげろう」のように人は壮大な星の中で見たら儚い生き物であるということを言いたいのではないでしょうか?

「なんで泣いてるのと聞かれ 答えれる 涙なんかじゃ」ではこの歌詞の意味としては人に語れるほどのことではないくらい深い悲しみに襲われているということがわかりますね。

なんで泣いてるのと聞かれ答えれる 涙なんかじゃ
僕ら出逢えたことの意味にはまるで 追いつかない

この身ひとつじゃ 足りない叫び

「すずめ」十明歌詞を抜粋

「僕ら出逢えたことの意味には まるで 追いつかない」ではすずめの戸締まりではあらゆるキャラクターがでてきますが、そのキャラクターと主人公の出会いを考える暇はないほどあらゆることが起きているということを表していると思います。

「この身ひとつ じゃ 足りない叫び」ではこの扉の災は主人公一人の叫びではどうにもならないことを表しているのではないかと考えられます

君の手に触れた時にだけ震えた 心があったよ
意味をいくつ越えれば僕らは辿り つけるのかな

「すずめ」十明歌詞を抜粋

「君の手」というのが誰の手か気になりますよね。

私の推測ではヒロインとたまたま出会うことになる「宗像草太」ではないかと考えます。

これは閉じ師として日本各地にある扉を締めて回っていることから主人公のすずめと出会い、冒険していくことですずめの心の拠り所になっていくのではないかと思います。

「意味をいくつ越えれば 僕らは辿り つけるのかな」ではかなり意味深ですよね。

「意味をいくつ越える」というのは試練を乗り越えること、そして「僕らは辿りつけるのかな」というのは試練を乗り越えて平穏な暮らしに戻るということでしょうか?

愚かさでいい 醜さでいい
正しさのその先で 君と手を取りたい

「すずめ」十明歌詞を抜粋

「愚かさでいい 醜さでいい 正しさのその先で―」ではこのすずめの戸締まりの主人公すずめはこの世界の行く末について重要な決断をしていかなければならないと考えられます。

その時にどんな選択でも愚かさ、醜さをもつ選択をしても良いという自分自身の選択を肯定しているようにも感じますね!!

思い出せない 大切な記憶
言葉にならない ここにある想い

もしかしたら もしかしたら
それだけでこの心はできてる

「すずめ」十明歌詞を抜粋

過去の思い出を振り返っている描写ですね。

過去の懐かしい思い出で自分の心はできていて、それによって自分たちの行動が変わってくると言っていますね。

もしかしたら もしかしたら
君に「気づいて」と今もその胸を
打ち鳴らす

なんで泣いてるのと聞かれ答えれる 涙なんかじゃ
僕ら出逢えたことの意味にはまるで 追いつかない

「すずめ」十明歌詞を抜粋

君に「気づいて」と今もその胸を 打ち鳴らす」という言葉はどこか意味深ですよね。

「なんで泣いてるのと聞かれ答えれる 涙なんかじゃ 僕ら出逢えたことの意味にはまるで 追いつかない」

と言う歌詞から大切な人と出会えた意味や思い出は涙を流す以上の意味を持っているということなのだと考えられます。

結構深い意味ですよね。

この身ひとつじゃ 足りない叫び

君の手に触れた時にだけ震えた 心があったよ
意味をいくつ越えれば僕らは辿り つけるのかな

「すずめ」十明歌詞を抜粋

「この身ひとつじゃ 足りない叫び」から自分の感情では表すことができないほど強い信念が感じられます。

「意味をいくつ越えれば僕らは辿り つけるのかな」ではどのくらい理解すれば、本質にたどり着けるのかということを語っていますね。

愚かさでいい 醜さでいい
正しさのその先で 君と生きてきたい

「すずめ」十明歌詞を抜粋

このすずめの戸締まりの主人公すずめは重要な判断を迫られる場面がたくさんあると考えられます。

重要な判断を下した後で大切な人たちと暮らしていきたいという思いが込められているのではないでしょうか?

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すずめの戸締まり本編と歌詞との関係性は?新海誠監督の発言から考察!!

この歌詞と新海誠監督のこの作品への発言からすずめの戸締まり本編との関係性について見ていきましょう。

「【トークノーカット】新海誠監督最新作『すずめの戸締まり』製作発表会見」の動画の中で新海誠監督はこのすずめの戸締まりについて3つのテーマがあると語っています。

その3つのテーマとは

  • 日本各地を巡るロードムービー
  • 扉を開く物語ではなく、閉じる物語である
  • 映画館に来る理由のある作品にしたい

というテーマを語っています。

3つ目の「映画館に来る理由のある作品にしたい」というのは作品全体のクオリティーのことだと思うので歌詞との関係性はあまりないと考えられますが、残り2つのテーマは関係性がありそうですね。

まず一つ目の「日本各地を巡るロードムービー」ではすずめの戸締まりの歌詞と関連させると 

「星は うぶすな 人は かげろう」、「時は まくらぎ 風は にきはだ」の星、人、時、風から壮大な歌に感じます。

「日本各地を巡るロードムービー」なので今までの作品とは違い、壮大な物語であることがわかりますね。

2つ目の「扉を開く物語ではなく、閉じる物語である」では少子化が進む日本では開くことよりも閉じることが大切であると語っています。

歌詞の中でも「愚かさでいい 醜さでいい 正しさのその先で―」のように閉じる選択を余儀なくされる主人公、そして開く物語ではなく、閉じる物語であるというところが歌詞とリンクしているように感じますね。

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まとめ

すずめの戸締まりの挿入歌の歌詞を徹底考察していきました。

挿入歌の歌詞からストーリーの展開を予想していくのも面白いかもしれませんね。

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